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2012-12-16(Sun)

マドラー闘病記4セカンドオピニオン

正倉院展ツアーから帰ってきて,マドラーは,再び食欲が落ちました。
ママはこれまでの仕事が溜まっているのと,11月末の大きな仕事のためになかなか早く帰ることができず・・・
その間も,パパは夕方のお散歩がてら2わんを実家まで連れて行き,ママがご飯を作れるときは,ご飯を食べて帰るし,ママが遅いときはご飯を買って持って行くという毎日でした。

そんな中でも,マドラーの大好きなお豆腐をフードに混ぜたり,ヨーグルトをかけたりして,なんとかマドラーに体力をつけたいと思っていたのでした。

11月16日,遅くまで仕事をいていたママに,パパからの電話。
「マドラーがふらふらしていて立てない。今から病院に連れて行く。」
心配しながらも,仕事を一区切りつけて帰ったママのもとには,少し落ち着いたマドラーがいました。
血液検査では,肝臓関係の数値が悪くなっていること・・・熱が出ていること・・・
点滴とステロイドを打ってもらって,少し落ち着いたマドラーでした。

病院に逝く前のマドラーの様子と先生から完治はないと言われたことを聞いたママは,もしかしたら・・・と悪い予感が頭をよぎりましたが,とにかくなんとかしたいと思ったのでした。

翌土曜日は,義妹の法要で,パパもママも家を空けなければならなかったので,点滴をしてもらうことも兼ねて病院で夕方まで預かってもらいました。病院では,缶詰のフードを1缶食べたとのこと。そして,翌日からは少し食欲が戻りました。

そんな折,FaceBookを見てくれていた関西方面のわん友さんが心配して連絡をくれました。その中の一人,まろくりるん家のせるんが,同じような症状になったと言うことで,血液検査のデーターと,治療に使った薬について送ってもらい,それを持って,3日後の11月21日(水)にかかりつけの病院に行ったのです。
結果としては,せるんの場合は急性であったので,入院点滴の処置をしたこと。薬は,ほぼ同じ物を使っていること。これ以上の検査として肝臓の組織検査をするのなら,開腹手術をしてのことになるとのこと。それは,体力的におすすめできないと言うことでした。要するに,その病院では出来る手立ては,今の内科的な処置以外はないと言うことでした。決して,その先生の見立てが悪いわけではなく,あとから考えると先生の判断は正しかったと思います。

ただ・・・わたしたちは,やはり最後まであきらめずに何か出来ることがあったらと,奈良の病院へセカンドオピニオンに行くことを決意したのです。それは,シリウスママの後押しもあってのことでした。

かかりつけの病院に行ったその日,午後からパパは2わんを連れて,一人車を走らせてくれました。ママは,月末に大きな仕事を抱えていて,その原稿の締め切りが翌日だったのでお休みできず,お留守番。

パパは,まろくりるん家が紹介してくれた病院にシリウスママと共に行き,血液検査,エコー検査,CTスキャンと検査をしてもらいました。その結果,肝臓がかなり腫れていること(しかも全体的に)ということで,その原因の究明のために内視鏡での検査と組織検査をしてもらうことにしました。
夜遅く時間外でしたが,香川から来たこともあって,早急に調べて頂けることになったのです。

組織検査の結果は1週間後でないと出ないのですが,腹腔鏡で見た限りでは,肝臓にかなりのダメージがあり,外科的処置も放射線治療も抗がん剤も無理という状態でした。後は,お薬での治療となるのは地元の先生と同じ見解でした。お薬についても,今使っているお薬でいいだろうとのこと。(サプリメントが加わりましたが)
お家に帰って,かかりつけのお医者さんと連絡をとりながらの治療ということになったのです。

この夜は,マドラーは病院に一晩入院と言うことになりました。
DSC02787.jpg

翌日,パパからの「迎えに来る?」ってお誘いに,午後から急遽お休みをもらってママは大阪に向かいました。
パパ一人で行ってもらったこともあり,出来ることなら病院での話を詳しく聞きたいという思いでした。

夜7時過ぎにシリウス家に着いたママをマドラーは待っていてくれました。
DSC02788.jpg
翌日は,家族みんなでお家に帰り,地元の病院の先生と話をして今後マドラーにできる治療を・・・と思っていたのです。

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2012-12-06(Thu)

マドラーの闘病記その3 大阪へ

ここのところ毎年行っている正倉院展。最初はパパだけが日帰りで行っていたのですが,3年前からはシリウス家に2わんを預けて,ついでにお泊まり宴会がセットになっての家族旅行となっていました。

今年は,無理かなと思っていたのですが,パパとママの生活も少し落ち着いてきたので,やっぱり行きたいと言うことになり,11月10・11日に行くことにしました。
心配だったのはマドラーの体調でしたが,出発前に病院に行き血液検査の結果,少しよくなっていることと体重が少し増えている(25,3kg)ことで,先生も大丈夫でしょうとの許可を頂きました。

朝早くに,シリウス家にマドラーとアイガーを預けて,パパとママは奈良に行き正倉院展を見た後,京都伏見へ。
その間は,シリウス家でお留守番です。
シリウスくんとこんな風になかよくソファーでまったり・・・(画像はシリウスママのをお借りしました。)
615518_167267106750680_1828136211_o.jpg
白馬のピレモンとシリウス家は,マドラーが安心してお留守番できるお家でした。
DSC01736_20121206194902.jpg
マドラーは,この旅行の時は,久しぶりにフードもよく食べました。

2日目は,関西方面に来たときには必ず寄る,新西宮ヨットハーバーに寄り,レストランでお昼ご飯を食べて帰ったのでした。

シリウス家からお暇するときに,「次は,年末白馬で!」って雪遊びの約束をして出たのですが,もっと早くに,またシリウス家にお邪魔することになろうとは,その時は思ってもいなかったのです。
2012-12-04(Tue)

マドラーの闘病記その2病院にて

10月24日に病院へ行ったところまで,前回の記事で書きました。
この日,パパが帰ったら,またマドラーは実家で嘔吐したらしい。
たぶん,わたしが知っている限りでは,実家では3回目(もちろん,聞いただけで・・・)

パパもさすがに慌てて病院に連れて行ってくれました。
血液検査,エコー,レントゲンを撮りました。
結果は,腫瘍等は見られない。でも,血液検査の結果は,肝臓の数値が悪い。
急性のものではなく,かなり前から徐々に進行してきたのではないかと。
ただ,今すぐという値ではないので,お薬で様子を見ましょうということで,お薬を出してもらいました。これで,悪くなるようなら入院ということもありえますということでした。
30kgあった体重は,24,6kgに減っていました。

お薬を飲み出して,マドラーの食欲も少しもどり,便も普通のかたさに戻りました。
3日後に再診してもらったときは,血液検査の結果,肝臓関係の数値は安定し,一部はよくなっている値もあり,食事も取れているようなので入院の必要はないでしょうと言うことでした。
IMG_0027.jpg
その週末からは,わたしも意を決して,夜はお家に連れて帰るようにしました。
そして,10月最終日の出張から帰ってきてからは,日中もお家での留守番,夕方お散歩がてら実家に行き,ママが晩ご飯を作り,食べてからお家に帰るという,ほぼ通常の生活に戻りました。

夜,寝る時間になると階段の前まで行き,早く寝ようよと上に上がることを催促し,朝は,ママが支度をし,リードとカラーを手に取ると,その音が分かるのか2階から降りてきました。
アイガーとも,こんな風にがうがう遊んでいたのです。
DSC01256.jpg
このまま薬を飲めば,マドラーは元気になると・・・この冬も雪遊びができるし,温かくなれば水遊びもできると信じていました。


2012-12-03(Mon)

マドラーの闘病記その1病院へ

ブログに残すべきかどうか・・・迷いましたが,マドラーが懸命に生きた最後も,きちんと記録しておきたい,また,わたしの気持ちを整理することにもなると思い(人間は,どこまでの自分勝手です(^^)),書くことにしました。

ここからは,あまり愉快なものではないので,それを了解出来る方のみお読みください。

10月1日,義母と二人暮らしだった義妹が救急車に運ばれ緊急入院しました。その日は電話をもらってあわてて駆けつけ,一緒に病院に行きましたが,ICUに入ったため一旦帰りました。
翌10月2日,午後2時過ぎ,自発呼吸をしなくなったということで,病院から連絡があり,病院に駆けつけました。もう,いつ亡くなってもおかしくない状態です。
それから,5日の朝まで3泊4日,わたしたちは病院で過ごしました。
義母とパパはずっと病院でいたのですが,わたしは,マドラーとアイガーがいるので,朝と夕方家に帰って,散歩とごはんを用意して,また病院に行くと日々でした。

その時に,マドラーの便がかなり少ないこと,ちょっと柔らかめなこと,フードが残っていること・・・そして,嘔吐した後があること・・・気になっていました。

たらればの話ですが,このときに病院に連れて行っていれば,マドラーはもう少し長生き出来たかもしれません。パパも,ママも,いつもどおりの生活の中でなら,病院に連れて行っていたでしょう。

2年前に,マドラーとアイガーを預けてノルウェイに旅行したときに,帰ってきた翌日,マドラーはストレスから嘔吐下痢で大変だったことがあります。今回も,きっとそれに違いない。わたしたちの生活が落ち着くと,きっとよくなると思っていたのでした。実は,その時,マドラーの病気は進行していたのです。

↓ 2012年1月のマドラー  ママが一番好きなマドラーの横顔です。

その後,義妹は心臓だけが動いている状態で約3週間,18日まで生きました。
その間,わたしは仕事から帰り主人の実家で晩ご飯を作り,義母に食べさせ家に帰るという毎日。ダンナは,2わんと一緒に実家に泊まるという毎日。2わんは日中は慣れない実家で過ごしていました。
一度,マドラーと散歩したときに,お家の方にすたすた歩いて行く姿を見て,お家に帰りたいんだろうなと思ったことがあります。
今考えたら,実家にいさせたことも病気の進行を早めなかったのだろうか・・・と。
毎日,マドラーを相手にぐじぐじ泣く義母の小言を聞いて,体調の悪いマドラーが元気になるわけがない。
どうして,あのとき,マドラーは連れて帰るよって言えなかったんだろうと・・・

10月18日の夜中,義妹は生涯を閉じました。最後は,だれにも見取られることなく,ひっそりと逝きました。
そして,お通夜,お葬式とあるので,2わんはやっとお家に帰りました。
とは言え,ママは夜遅くに帰ったり,お葬式の前の日は帰ってこなかったり・・・もちろん,散歩とごはんには帰っていましたが・・・

でも,お葬式が終わった後,ママは,また晩ご飯を実家に作りに行き,パパは実家に泊まるという日々。そして,2わんも実家で終日過ごすという日々。

そして,実家でも時々嘔吐するようになり,10月24日にパパが病院に連れて行ったのです。
プロフィール

マドママ

Author:マドママ
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